旅する雲 未知なる空

こんにちは。考えている事をダラダラと綴っています。基本日記。自然体。

言葉にしてみよう

今年に入って、自分の周りで二人亡くなりました。

 

私の人生は本当に平坦で、波風の立たないものでして、

二十歳を過ぎても、身近に死というものは訪れていませんでした。

 

もう数年もしたら、何回か経験しているんだろうなぁと、

大学を卒業する前後に考えていました。

その時、自分はどう感じるかなと。

 

亡くなったのは、遠方に住む祖父と大学時代の同級生。

 

祖父に最後に会ったのは、確か去年のゴールデンウイーク。祖父母の家を訪ねた時でした。友人と旅行に行くので、その前乗りとして泊めてもらいました。祖父は持病がありましたが、研究熱心な人で、よく出歩き、車も問題なく運転するし、その持病以外は元気という印象でした。真面目な性格で、孫がきちんと仕事をして一人前にやっているか気にしているようでした。夏にも近くで遊ぶことがあったのですが、祖父母の家をただ利用する罪悪感と兄弟の中で自分だけが頻繁に訪ねるのが嫌だったので(昔からなぜか親ではなく私が祖父との連絡係で、他の兄弟は何もしないし関心も薄い、のが解せない)、祖父母の家ではなく適当なビジホを利用しました。祖父の死は突然と言えば突然でしたが、実は亡くなる数日前に本人から手術を受けるという電話をもらっていました。私に電話が来たのは、先に電話した親の携帯が留守電だったからでした。私もはじめは出られず、しかし留守電が3つくらい入っていたので、何だろう?と思ってかけ直しました。電話口の祖父は以前と変わらない、しっかりとした口調でした。私は手術を受けることに対して、何と返したらいいのか分からず、とりあえず「頑張ってね」と伝えました。その時、祖父の死を想像してみました。突然の連絡で状況が分からず、術後に亡くなる可能性がどれくらいなのか全く読めませんでした。「もしかしたら亡くなってしまうかもしれないのか?」「まぁ何とかなるものかな」「結果を待つしかないな」。親にもちゃんと連絡は行っていて、その数日後に親から祖父が面会可能になったらお見舞いに行こうと言われていました。親と祖父母は仲良しではありませんでしたが、年に一度は祖父母がこちらを訪ねてきて顔を合わせ、またここのところはそう遠くない別れを見据えてか、色々と動き始めているように見えました。年末には何年かぶりに親の方から孫を連れて、向こうへ訪ねていっていました。(人数制限があり私は行っていません。祖父からは、また5月にでも来たらええ、と言われました。)一緒に行った孫、つまり私の兄弟も、今までは関心が薄いなという印象でしたが、なかなか満喫したようで、たまには行ってもいいかななんて言ってました。お見舞いの話は、年末に行けなかった人たちも連れていこうという話でした。次に親から連絡があったのが、祖父が亡くなったというものでした。何とも言えなかった。「あっけない」。年末に会った兄弟は手術のことも知らなかったので「何があったの?まだまだ元気そうだったのに」と動揺していました。そういえば、まだまだボケそうもない祖父に親も尊敬の念を抱いているようだったと兄弟から聞いていました。親は小さい頃の祖父の厳しい教育がかなり嫌だったみたいで、子供ながらに「おじいちゃんのことすごい嫌いだったんだな」と察していました。それが、許せるようになったんだと、こちらとしても和むような話でした。結局、祖父の葬儀は小規模に行われ、孫の参加はありませんでした。あの電話からどういう経緯で亡くなったのか分からず、お葬式にも出られず、未だに実感は薄い。頭では理解しています。「もう祖父と話すことはない」「この世にもう祖父はいない」。親はどう感じたのだろうか。泣いたのだろうか。泣いてないだろうな。兄弟はどうだろう。生きて、と願う間もなくあっけなく逝ってしまった。眠るように逝ったのではないか、と勝手に想像しています。祖父が亡くなっても、私の日々は何ら変わることなく、動揺もなく。そんな自分は精神的に安定しているのか、薄情なのか。

 

大学の同級生と最後に会ったのは、もう一年以上も前で、数人で集まってタコパをした時でした。正直、そんなに仲良くはありませんでした。大学時代は一緒に居合わせれば話もしたし、授業の関係で他愛のないLINEもしていましたが、二人で会うことはありませんでした。その子は芸能活動をしていました。私はその子に対して芸能活動には触れず他の友人と変わらぬ態度で接していましたが、やはり色眼鏡で見ていたんでしょうね、何だか好かないなと思うこともあり、たまにオブラートに包まず傷つけるようなことを言ってしまったと思い返すことがあります。人からは「そんなこと気にしないよ」という言われることも多い一言二言の発言ですが、謝罪するタイミングも失い、ただやってしまったなと残り続けています。その子は深く仲良くなりたいと思うほど好きではありませんでしたが、その子に救われていた部分もありました。大学に入りたての頃、講義で席が隣になったことがありました。その時は芸能活動をしていることは知りませんでしたが、見た目の印象は服が派手で髪型やお化粧が上手な女の子でした。口を開けば、そこらへんにいる普通の大学生で、若干一匹狼気味の私にもラフに話してくれました。一番親近感が湧いたのが、爪をいじっているの見た時(笑)こんなに色々可愛くしている子でも爪いじりするんだ、って。その子は可愛いは可愛いのですが、自分の好みではないのと、やはり芸能人と比較すると普通かなと、おそらく売れているとは言えなかったと思います。継続的にお仕事はしていましたが、私があまり興味が湧かず詳しくは知りません。その子の訃報も突然でした。会わないなら会わないでも、という間柄だったので、驚きましたがやはり実感は薄いです。何で亡くなったのか、最初に浮かんだのは自殺でした。芸能活動は精神的ストレスが大きそうだし、メンヘラまではいかないにしてもどこかで病んでいそうな、悩んでいるような印象もありました。そういうキャラクターなのかもしれませんが、実の伴わない強気な発言というか虚勢を張っているような、コンプレックスがあるんだろうなぁって、でも飾らないイメージもありました。何だかなぁ、何が好かなかったかというと、芸能関係の彼女が好きではありませんでした。頑張っていたんでしょうが、応援しようとは思いませんでした。大学の友人としての彼女は、悪いところは思い出せません。何で死んでしまったのか。その子のタレント用のツイッターを見てみました。亡くなるその日まで毎日投稿をしていました。直近でお祝い事もあったようで、自殺をするようには思えません。病気なのか、事故なのか。まだ事務所からの公表もされていないようで何も分かりません。ただ、もう彼女が生きていないということだけ。気になって調べていた時に見つけた彼女のインタビュー記事を読んでみました。私が思っていたより苦労をしてきたようでした。彼女のこれまでの選択はそういうものでした。何も知りませんでした。何も知らずに、何となく嫌悪して、見下している部分がありました。キラキラへの嫉妬もあったのでしょう。私は夢もなく、楽な選択ばかりで、比べようがないということに今気が付きました。インタビュー記事を読む限りでは、困難を乗り越えタフな精神を持っていそうな人。ねぇ、何で死んでしまったの?